働きたいのに働けない私たち
チェ・ソンウン (著), 小山内 園子 (翻訳)
女性は投資の対象外? 女性は好きでパートをしている!?
韓国の子持ち高学歴女性は労働市場から退場していく。社会は有能な人材を失い続け、母親たちは代わりにわが子の教育で競争に参戦する。男性本位の職場、個人化されたケアを解体するために何が必要か。スウェーデン、アメリカとの比較から考える。
解説:中野円佳「手を取り合える日韓の女性たち」
女が仕事も夢も子どもや家庭も持ちたいと願うことって、図太いからなんかじゃないよね?! とことん論理的な分析の向こうに涙が滲み出る。
――小林エリカ(作家・アーティスト)
ガラスの天井、L字カーブ、ケアの個人化。労働と出産をめぐる性差別が蔓延するこの国で、〈男たち〉はずっと透明のままでいいのか?
――清田隆之(文筆家)
【プロローグより】
人はよく、私を「図太い」と言った。周囲は、結婚してまで博士号を取ろうとする私に、助言とも言えない助言をずいぶんとよこした。そこまでやれば十分だろう、子どももいるんだから、夫の給料で楽に暮らせと言うのだ。だが、夫が職を求め、職場で認められるために努力するのと同じように、私にもやりたい仕事があった。もちろん、博士課程にいながら子どもを育てるのはとても大変だった。図太いからやり遂げたのではない。持てる力をすべて尽くして、ひたすら耐えただけだ。
(……)
男女の格差や差別は依然として問題のままだ。女性は男性に比べて平均賃金が低く、役員クラスに昇進する機会も少ない。より高い学位を手に入れて性差別を克服しようと試みても、韓国の労働市場では、高学歴が良質の働き口につながる「学歴プレミアム」さえまともに作動していない。
(……)
本書を通じて、韓国の女性がどんな労働環境に置かれているかを探り、女性が疎外されざるを得ない理由を解き明かしたいと考えた。未来はもっといい社会で、学んだぶんだけ寄与できるというチャンスへのルートが開かれていることを、韓国社会が、誠実で有能な女性を失わずにすんでいることを、願っている。
【目次】
プロローグ 図太い女の社会
1 「平等な競争」という幻想
2 女性に「学歴プレミアム」はあるか
3 母になるのは拒否します
4 より多くの女性が働けるように
エピローグ 機会の平等を論じる
補論 日本の「働けない女たち」へ(チェ・ソンウン)
解説 手を取り合える日韓の女性たち(中野円佳)
訳者あとがき
ブックガイド/参考文献
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本書は、韓国で行政の分野で博士号を取得し、女性や子供のための政策立案に関わる研究者であるチェ・ソウン氏の著作の日本語版です。本書は、韓国で女性が高い学歴(大学修学率は男性より高い状況にある)を持っているにも関わらず、なぜ労働市場から離れることになるのか、そしてその高い離職率を個人の問題ではなく社会の問題として検証していく内容です。
具体的な内容として、以下の点が挙げられています。
* 韓国では、過酷な受験や就職試験を経てもなお、労働市場における性別による政策や仕組みによって、女性が働き続けることが困難な状況にあることが示されています。
* 高学歴の女性が、男性が中心をがっちり握っているマーケットの周辺にしか入ることができず、結婚や出産といったライフイベントでそこから「雇用の調整弁」として弾き出されてしまう現状が描かれています。
* 仕事をやめるという状況は、あたかも個人の意思決定のように見えますが、実際には**働き続けられないような「からくり」や、性別に関わらず勉強して社会に役立ちたいと願ってもそこから排除される「仕組み」が存在していると指摘されています。
* 長時間労働が当たり前となっている職場で、ケア責任を負わない男性と同じように長時間労働を求められながら、子育てや家事も母親の責任とされる、「元から攻略不可能なゲーム」をさせられているような困難が論じられています。夫が家事育児から「透明」に見える状況なども、個人の問題ではなく「そうさせられた社会の問題」であるという構造的な問題が見えてくると述べられています。
* 韓国の労働市場の歴史を踏まえ、スウェーデンやアメリカの労働福祉政策との比較視点も交えながら、韓国社会に何が必要かが語られています。
* 本書は、データに基づく冷静な分析(クールな頭)と、個人の体験に寄り添う感情(ホットなハート)の両面から書かれており、データと個人の語りが生き生きと行き来する構成になっています。
『働きたいのに働けない私たち』 おすすめポイント
1. 問題提起の鋭さ: 高学歴女性の離職という現象を、単なる個人の問題や選択として片付けず、労働市場や社会全体の構造的な問題として深く掘り下げています。働き続けられない「からくり」や「仕組み」の存在を指摘し、社会の側にある問題であるという視点を提示している点が特徴です。
2. 分析の多角性: 韓国の労働市場の歴史的な背景、さらにはスウェーデンやアメリカの労働福祉政策との比較を通じて、韓国社会の働き方の問題を多角的に分析しています。また、データだけでなく、個人の具体的な語りも交えることで、問題の深刻さやリアリティが伝わってきます。
3. 日本社会との高い関連性: 長時間労働とケア責任の矛盾、結婚・出産による「雇用の調整弁」化、夫の家事育児への関与度に関する問題 など、本書で描かれる多くの困難が日本の働き方の問題と強く共通しています。日本の読者が自身の経験と重ね合わせながら読むことができる内容です。日本版には、日本の状況と照らし合わせた解説も収録されています。韓国が特定の社会的な局面を「先にくぐり抜けている」という翻訳者の感覚も、日本の読者にとって示唆に富むかもしれません。
4. 日本版独自の付加価値: 原著(2018年刊行)にはなかった、コロナ禍を経た働き方の変化やその後の状況に関する著者による議論、日本の状況を解説する中野まどか氏の論考、そして「女が働くことを考える」ためのブックリスト が追加されており、日本の読者にとって理解を深めるための手助けとなります。特にコロナ禍における働き方の変化を「革命の第一歩だったのに不完全で終わった」と捉える視点は、多くの読者に響くでしょう。
5. 読みやすさとデザイン: 人文書でありながら、原著はブックレットのような体裁で、表紙もシンプル。内容はデータと個人の語りが行き来する構成 であり、職場などで周囲を気にせず読むことができるような配慮も感じられます。
6. メッセージの重要性: この問題は、単に女性だけの問題ではなく、「この社会で生きる私たち全てにおける問題である」という側面も強調されており、「変えられない社会の問題ではなく、変えられる社会の問題だ」という前向きなメッセージが込められています。現状の働き方に疑問や困難を感じている人全てに読んでほしい一冊です。
本書は、単に韓国の労働問題を論じるだけでなく、私たちが住む社会の働き方、そしてより良い社会のあり方を考えるための重要な示唆を与えてくれるでしょう。
著者について
【著者紹介】
チェ・ソンウン(최성은)
行政学博士。延世大学行政学科で修士号、博士号を取得後、国会立法調査処児童保育立法調査官補を経て、淑明女子大、延世大、明知大などで教鞭をとる。現在は大田世宗研究院世宗研究室の責任研究委員として、世宗特別自治市の女性、子ども、少子化政策の課題を研究。キャリア女性の雇用対応政策、子どもの遊ぶ権利を保障した公共の遊び場の活性化、ワーキングママ支援センターの運営などについて提言を行ってきた。合計特殊出生率0.75と深刻な少子化に悩む韓国にあって、世宗特別自治市は1.03を記録(韓国統計庁、2024年の合計特殊出生率〔暫定値〕)。特別市・広域市の中で唯一1を超える自治体であり、その実践が注目を集めている。
【訳者紹介】
小山内園子(おさない そのこ)
韓日翻訳家、社会福祉士。NHK報道局ディレクターを経て、延世大学校などで韓国語を学ぶ。訳書にク・ビョンモ『破果』『破砕』(岩波書店)、チョ・ナムジュ『耳をすませば』(筑摩書房)、『私たちが記したもの』(すんみとの共訳、筑摩書房)、カン・ファギル『大仏ホテルの幽霊』(白水社)、イ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ』『失われた賃金を求めて』(すんみとの共訳、タバブックス)など、著書に『〈弱さ〉から読み解く韓国現代文学』(NHK 出版)がある。
出版社 : 世界思想社
発売日 : 2025/5/20
言語 : 日本語
単行本(ソフトカバー) : 160ページ
ISBN-10 : 479071800X
ISBN-13 : 978-4790718000
寸法 : 13 x 1.3 x 18.6 cm